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2015年9月号

vol. 102

人は自分以外の誰かのためになら立ち上がれる

~人は極限の中に置かれたら、自分ではない誰かのためにしか頑張れないと言う~

もうダメだ。もう立てない。あきらめかけたその極限の中、
不思議にも、人は、自分ではない誰かのためになら、再び立ち上がれると言う。
自分のために頑張れるのは、極限の数センチ手前までだ。

「あなたは誰のためなら頑張れますか?」という問いに、
「もちろん自分のため」と答えるだろう。
認められたい。褒められたい。偉くなりたい。お金持ちになりたい。
これらはすべて自分のためだ。それをまったく恥じることはない。
人は誰でも、自分を幸せにしたいのだ。
だが人はある瞬間、自分以外の誰かを幸せにするために動くことがある。

大場政夫という、プロボクサーを知っているだろうか。
世界フライ級王座を5回も防衛した、伝説のプロボクサーだが、
1973年に、世界フライ級チャンピョンのまま、交通事故死をしてしまう。
その伝説のボクサー、大場のユニークなエピソードをご紹介しよう。

大場は、父親の影響で、幼少期にボクシングに出会う。
最初は「ケンカに勝ちたい」という不純な動機で始めたボクシングも、
だんだんと「強くなりたい」「もっと上に」という欲が出始め、
次には「金持ちになりたい」「名声が欲しい」と必死にトレーニングに励み始めた。
「何のために頑張るのか?」と問われれば「自分のために」と答えていた。

そして大場はついに、4度のノンタイトル戦を経て、
ベルクレック(タイ)との、世界フライ級タイトルマッチにたどり着く。
だが世界戦は、それまでのノンタイトル戦とは舞台が違った。
相手のパンチは重く「もうダメだ」と思うことも幾度もあったらしい。
だが13回、ついに大場はベルクレックをノックアウトでリングに沈める。
新しいWBA世界フライ級チャンピョンが誕生した瞬間だった。

そのときに、彼はインタビューでこんなことを言ったのである。
「今回は、自分のために戦ったんじゃない」と。
「では誰のために?」という問いかけに、彼は少し照れながらこう答えた。
「貧しかった両親に、家を建ててあげたかったんだ」と。

彼は「自分のために戦ったなら、チャンピョンにはなれなかった」とまで公言した。
これは決して謙遜でも演出でもなかった。なぜなら、大場はこの後、
幾度かの防衛戦で、先にダウンを奪われる苦戦に強いられながらも、
「もうダメだ」と思ったところから立ち上がり、逆転のKOを奪っている。
その試合の度に、大場は「立ち上がったのは自分のためではない」と証言している。

大場の強さは「誰のために戦えば勝てるのか」ということを知っているからなのである。
ハングリースポーツ、ボクシングならではの、これも技術の1つなのだろう。
ぶっ倒れて、立てなくなったら負け、なんて競技はボクシング以外にはない。
人間の気力の極限を行き来する究極の格闘技なのだ。

ダウンをする。もう立ち上がれない。天井のカクテルライトを見つめる。
もう苦しまなくてもいい。そのまま寝てればいい。カウントが進む。
よく頑張った。またチャレンジすればいい。体はもうピクリとも動かない。
もしこのタイトル戦が、自分のためだけならば、ここでギブアップなのだろう。
だがボクサーはそのとき、膨れ上がった瞼の裏に、誰かを思い浮かべる。
それは、襖の向こうで寝ずに、ほつれた学生服の繕いをする母親の横顔だったり、
親戚をたらい回しにされ、兄にしがみつく健気な妹の顔だったり、
何の警戒心もなく、無邪気に自分の腕に飛び込んでくる愛する娘の笑顔だったりだ。

そうすると、もう絶対に立つことなんかできない、と思っていた自分に、
まるで、天から振り降りてきたとしか思えない「不思議な力」が沸いてくるのだと言う。
出ないはずの、100%が限界であるはずの気力が、その100%を超えてくる。
そして立ち上がり、グラブを揃え、再びファイトするのだそうだ。
信じられない。これは恐らく「神の領域」ではないだろうか。

実は、ボクサーにはこういったファイターが多い。
あの具志堅用高も「120%沖縄のために、石垣島のために戦った」と答えた。
日本に返還されるまで、米軍に接収された沖縄人にしか分からない胸懐なのだろう。
ファイティング原田も、ガッツ石松も、輪島功一も、同じような思いを吐露する。
だが人は、ボクシングとういうスポーツに限らず、
どんな人間においても、極限に置かれては、それと同じ作用を持っていると言われているのだ。

昔の話だが、同じ部署に、何をしても最後までやり切ることのヘタな男がいた。
すぐに弱音を吐き、ふがいない自分を奮い立たせようとする気概も持ち合わせていなかった。
だがある日を境に、その男が、目に見えて変わっていったことがあった。
失敗しても下を見ず、黙々とやり切ろうとする、粘り強い意思を見せ始めたのだ。
当時、その彼の豹変の理由を確めることはできなかったのだがが、数年後、
当時、彼の娘が、小学校でイジメにあっていたことを、彼の同僚から聞かされた。
「なるほど。そうだったか」と一人ごちたのを覚えている。
彼は、イジメと戦う娘を、ことあるごとに瞼の裏に思い浮かべたに違いない。
「パパも頑張る。だからお前も頑張れ」と、彼はそう思ったはずだ。間違いない。

いわんや、自分のために頑張れるのはせいぜい「100%」までなのだ。
もちろん自分のために戦うだけでも、もの凄いモチベーションなのだろうが、
「もうダメだ」という極限の際から「101%」を行く気力を振り絞るには、
自分以外の誰かを思い浮かべなければ、それは決して叶わないようになっている。

短慮を起こし「ああ、辞めてやる。こんな会社!」と大声を出したいとき、
瞼に浮かべる顔さえあれば、その言葉も呑み込めるかもしれない。
大事な仕事に失敗し、心も折れそうになったとき、
脳裏に思い浮かべる顔さえあれば、もう一度、前を向く気力も湧いてくるかもしれない。
人は、そんな極限が与うる窮地に備え、「もうダメだ」から、
さらにもう数%の気力を振り絞るための「誰か」を作っておくべきなのだ。

ただし「私にも思い浮かべる家族ぐらいははいる」ぐらいでは効き目はない。
息苦しくなり、胸が締めつけられるぐらいの熱いシーンでなければならないらしい。
創作しておくのだ。自分の大切な誰かが、必死に涙をこらえるシーンをだ。
昔、貧しかった日本人は、そんなシーンの1つや2つ、誰でも持っていたはずだ。
だから日本人は強かった。
私も会社を興すとき、そんなシーンのいくつかを用意したクチだ。
必ず、ダウンを奪われる難局に、何度となく遭遇するだろうと思ったからだ。

私はこれまで多くのファイターを見てきたが、
自分以外の誰かを守り抜かねばならない奴は、メッチャクチャに強かった。
こいつらは、倒れても倒れても立ち上がってくる。

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