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2014年11月号

vol. 092

リンカーンの真実

~権力のない人間がいくら吼えても世の中は変わらない。変えたければまず昇れ~

力のない者が、正義を盾に、世を正そうと声を張り上げる。
一見、それは美しいように見えるのだが、そこに「結実」はない。
本気で世を正すなら、手を汚してでもまず、のし上がるのが先だ。

第16代、アメリカ合衆国大統領のリンカーンは、
「奴隷解放」を宣言した高潔で高邁な英雄だったと評されているが、
本当にそうだったのだろうか。

結論から言おう。
リンカーンは大統領に就任するまでは「奴隷解放論者」ではなかった。
いや、心の中ではそうだったかもしれないが、
表向きは「黒人奴隷を解放したい」などとは一度も公言などしなかった。
むしろ「奴隷制度はアメリカには必要だ」と言って憚らなかった。

だがリンカーンは、大統領に就任するなり豹変する。
「奴隷を解放する」と高らかに宣言したのだ。
アメリカの最高権力者となった瞬間、
彼はそれまでの持論を覆し、突如、奴隷解放を言い出したのである。
国民も、上下院議員も、アメリカ中が驚いたのは言うまでもない。
彼はなぜ、大統領になる前と、大統領になった後に、
主張を180度、変えたのだろうか。

アメリカは、奴隷制度によってその広大な耕地の農業が成立しており、
特に南部の「綿花産業」は、アフリカからの黒人奴隷の労働力に拠っていた。
また、その奴隷そのものも商品であり、それは一大産業にもなっていた。

工業化の進む北部アメリカとの温度差はあるものの、
南部アメリカの主要産業である「綿花産業」と「奴隷産業」を、
駆逐しようとすることは、それは大きく国益から外れてしまう。
そんなことを推進しようとする政治家は当時、一人もいなかった。

この図式は、現代の政治力学と何ら変わらない。
自国の産業の弱体化を公約にして当選する国会議員などいるはずがない。
リンカーンもそれは同じだったはずだ。

リンカーンは、まず世論に迎合し、議員になることを優先する。
イリノイ州の地方議員を経て、国政に進出したとき、
彼は「現在、南部に存在する奴隷制度については、間接的にも、
直接的にも干渉する意思はない」と述べている。
そして下院議員になった時も「私は黒人が投票権を持ったり、
陪審員になったりすることに賛成したことは一度もない。
また、黒人が代議士になったり、白人と結婚することも反対だ。
皆さんと同じように白人の優位性を疑ったことはない」と述べている。

リンカーンの本当の心の中は見えない。
だが、大統領に就任するや「奴隷解放」を周り憚らず宣言する彼を、
後世の歴史家は、次のように解釈している。

奴隷解放などという非合理的な理念は、当時の政治ではタブーであり、
それを実現するためには、合衆国の最高権限を持たない以外、ムリだった。
彼は、その地位に昇り就くまでは、民衆や多くの利権者に迎合し、
自分の本心を隠して振舞うしかなかったのかもしれない。
そしてその振る舞いによって声望を集め、そしてついに最高権限の地位に
就いた瞬間、にわかに本意を翻すつもりだったのではないだろうか。
権力のない低い地位で、いくら大声をあげても、理想の実現などほど遠く、
彼は登りつめなければ、世の中を変えることなどできないと知っていた、と。

一昨年、スティーヴン・スピルバーグの監督下で、
「リンカーン」という映画が上映され、観た人も多いかもしれない。
その映画でも、彼は、奴隷解放の法案を通すため、
議員一人ひとりを買収までし、一票を騙し取っていく汚れた姿も写されていた。
なるほど。現実はドロまみれなのだ。
高潔なだけでは、国など動かせるはずがないのだ。

リンカーンの人生は分かり易くはない。
時代にもみくちゃにされ、一通りの人物評価だけで表現できるものではない。
ただし、彼の残した偉業を見るにつけ、
私欲を封じ、正義に奉じた、胸に潜めた信条が見えてくる気がする。
彼は本気で、世の中を変えたかったのだろう。

偉くなり、世の中を本当に変えられるポジションに自分を置くまでは、
どんな非難にも耐え、どんなに卑怯で、どんなに手を汚しても、
その実現のためには、それは何ほども苦労でもなかったのかもしれない。
これこそが、真の為政者の姿である。

「江田さつき」という元代議士がいる。
1960年代、大学紛争盛んな時代、東大の一学生だった江田は、
社会主義思想を掲げ、力による政治へのレジスタンスを実行した。
学生運動を扇動し、自ら火炎ビンを投げ、社会システムを破壊し続けた。
だがある時、彼はピタリと立ち止まる。
「こんなことをして、本当に日本は変わるのか?」
「オレは本当に日本を愛しているのか?」
そう自問自答した江田は、学生運動から一切の身を引く。
そして除籍されていた東大をもう一度受験し直し一発合格。
4年間、法律を学び、主席で東大を卒業し、そして、もう一度日本を見つめ、
国政選挙に出馬し、とうとう政治家になるのである。
「政治家になれば日本を変えられる」
そう決意した江田は、その後、社会民主党の委員長にまで昇り、
政治の世界で大いに活躍をするのである。

私は思う。
社会や企業の中で、権限の低い人が、声高らかに世を批判をする場面がある。
だが、そんな底辺の声は、何の実効性をも含んではいないことを知るべきだ。
真剣に世を変えたければ、まずは黙って「のし上がれ」と言いたい。
「給料をあげろ」と吼えるなら、
まず自分が何年かかろうが、それを実現できる地位に自分を持ち上げて、
そして声高らかに「社員の給料をあげるゾ!」と言うべきなのだ。

リンカーンには真実がある。世の中を、本当に変えようとするならば、
まずは手を汚してでも、昇って行くべきなのだ。

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