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2012年1月号

vol. 058

散りの美学とビジネスと

~散りゆく時こそ美しくありたい。でもそんな人生哲学がビジネスで通用するはずもない~

散る時にこそジタバタしない。
黙って運命を受け入れることこそ美しい。
なーんてことを言ってるから、いつまで経ってもBIGになれないのだ。

勝負事は勝たねばならない。
ビジネスは日々勝負である。そして勝たねばならない。
だが私にはとんでもない性癖があるのだ。
それは「美しき負けを作りたがる」という悪いクセである。

「美しき敗北は、美しくない勝利に勝る」
なんて言う不可解な哲学が、ビジネスの世界で通用するはずもない。
なのになぜだ?

プロの将棋や囲碁を観戦したことがあるだろうか。
素人が見て、
まだまだ勝負がついていない局面で、
「負けました」と投了(負けの宣言)するシーンがよくあるはずだ。

勝負を、最後の最後までせず、
途中で「これ以上やっても逆転はありません」とあきらめるのが、
プロ同士の戦いである。

この投了を、囲碁では「中押し」と言う。
ただし囲碁の投了は「判定勝ち」といった色が濃く、
すでに逆転などない状態になっている。

一方、将棋のそれは少しニュアンスが違う。
将棋はたった一手で大逆転が可能なゲームである。
ところが、まだまだ途中の段階で、
「あきらめました」と投了するのである。

そう。ジタバタしないのだ。
将棋は、投げることを「潔し」とする文化であり、
その「散りの美学」は作法の一つでもあるのだ。
そして私は、
この将棋の「散りの美学」に魅せられてしまった。

プロが作る「投了図」は、
素人が見た時に、どちらが勝っているか分からない時さえある。
それぐらい将棋はプッツリと終わる。
それはまさに、
孤高の死に場所を求めようとする「武士道」に似ている。

将棋で、最後の最後まで指す将棋を「頭金」と言う。
「王」の頭に「金」を打たれなければ負けを認めないという意味で、
将棋の世界では「恥」と言われる。

だが、プロ棋士は勝負に辛いはずだ。
生活もかかっている。
だったら、いくら「頭金」がカッコ悪くても、
もしかして相手の大チョンボを期待して、
「頭金」まで指そうとするプロ棋士がいてもいいのではないだろうか。
だがそんなプロ棋士は一人もいない。

相手が自分より格下と見た時は、
「頭金」まで指すことが稀にある。
だが、相手が自分より格上と見るか、年長者(先輩)であれば、
「頭金」まで絶対に指すことはない。

相手を信用するのだ。
好敵手の強さを信じるのだ。
「間違えずに詰ませてくれるハズだ」と相手を立てるのである。
相手のミスを待つことは卑しき行為なのだ。

この崇高な尊敬こそが「美学」である。
北辰一刀流の千葉周作は、
互いに剣を構えた瞬間、
相手に剣先だけで「参りました」と言わせてしまう。
戦いは序盤ですでに終わっている。
その敗者こそが清々しく、
これこそが「散りの美学」の真髄なのである。

「谷さん、来月で契約を打ち切りたい」
正眼で、淀みなく、そう言われたら、
「ありがとうございました」と即答せねばならんだろう。

相手から真正面で切り出されたら、
私がどうグズったところで先方の思いは撤回されることはない。
そう信じたくなる。
ここでジタバタしてはならない。
そう。投了の瞬間である。

泣き言は決して言わない。
スッと腑に落とす。
これこそが「美学」なのである。

だがビジネスの世界で、
この「美学」は、何の得も生み出すことはないらしい。
そりゃそうだ。

大阪の事務所を引っ越そうと何度も言い出したことがある。
しかしその度に、
ビル管理会社の営業マンが飛んでくる。
引越したくなる理由はイロイロあるのだが、
とにかく大急ぎで飛んできて、ありとあらゆる抵抗に遭うのだ。
挙げ句には「お願いします」「このとおり」と
手を合わされ、拝まれ、泣きが入り、切々と懇願されてしまう。

やれやれ。
分かりましたよ。
「引越し止めます」といつも返事してる。

たいしたモンだ。
ビジネスにはこれくらいの粘着力がいるのだ。
この営業マンに「散りの美学」などカケラもないが、
私が見習うべき「執念のカケラ」が山ほどもある。

将棋やめるか…。

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 社長 谷洋の独り言ブログ