空席の価格(3)-ついにSOHOを見つけたり
~在宅勤務(SOHO)という新しいワークスタイルがついに産声を上げる~
妻が遭遇した「2つの事件」から得たビジネスのヒントを元に、
ついに、これまで世に見なかった「ベンチャービジネス」が始まった。
今回は「空席の価格」全4回シリーズの3回目。
1つ目の事件。
9時~5時の既成の就労時間枠に当てはまらず、
働きたいのに働けない。
そんな「埋もれてしまったやる気」を全国から掻き集めるのだ。
2つ目の事件。
職業には関係なく、学生でも主婦でもサラリーマンでも、
人件費には、安い瞬間と高い瞬間が存在する。
ならば、安くなった瞬間の人件費だけを掻き集めるのだ。
働く時間は個人それぞれでマチマチ。
ただし、その人の人件費が一番安くなる瞬間を提供してもらう。
仕事場はインターネットさえあれば、自宅で構わない。
大きな仕事は、複数の人が、自分の受け持ちを分担し、
リレーで受け渡していく。
全員が請負契約、全員がプロ、全員がフリーランスという、
これまで世で見たこともない仕組みが、
ついに動き始めたのだ。
今では「在宅勤務」というワークスタイルも当たり前となった。
自宅を仕事場にし、インターネットにつながるパソコンさえあれば、
専業主婦だって、世界中にモノを売ることができるのだ。
その「SOHO」の産声である。
当時それは、埋もれていた情熱の吹き出し口にもなったはずで、
多くの女性達が覚醒し、次々と仕事をし始めた。
前衛的であり、先進的であり、メディアからも注目され始めた。
社会に新しい就労体系が一つ生まれた瞬間となった。
我々が試みた、その新しい就労スタイルの一例を紹介しよう。
きっと「なるほど」と膝を打つはずだ。
例えば「翻訳の仕事」。
これは、とんでもないアイデアの生まれる分野ではない。
そこに風穴を開けた例だ。
地球の裏側へ仕事を発注したのである。
「夕刻に引き受けた翻訳を、明日の朝までに仕上げます」
「翻訳料はこれまでの半額」
これがキャッチフレーズだ。
まず「夜間の人件費は高い」という概念をを覆す。
日本が夜なら、地球の裏側、ニューヨークは真っ昼間だ。
日系商社のニューヨーク支店に勤めるエリートサラリーマンの奥様族。
ここに翻訳を依頼する。
米国に赴任する商社マンの妻には「就労ビザ」は発行されない。
主婦は仕事に就けないのだ。
つまり、昼間は体が空いてるハズなのだ。
それに、エリート商社マンの奥様族は、総じて優秀で、
長い外国住まいで、日常の英会話などペラペラだ。
極めて安い人件費で、存外な高品質を得る仕組みがここにある。
夕刻に請けた翻訳依頼を、夜のうちにニューヨークに発注すれば、
翌朝、パソコンを開けば、もう翻訳文が届いてる。
納品メールの末尾には「おやすみなさい」と記されている。
これぞ、昼夜逆転の離れ業だった。
ニューヨークと日本は1万キロの距離がある。
だが、顔を合わせたこともないニューヨークの在宅勤務者は、
まるで隣の部屋にいるかのように呼応してくれるのだ。
インターネット、恐るべし。
我々は、世界中にいるスペシャリストと次々につながっていった。
仕事を地球の裏側に発注する。
そこには「働きたくても働けなかった優秀な女性達」がいる。
お金ではない。
社会に参画できるアイデンティティへの渇望と、やりとげた時の達成感、
そして何より、
女性の社会進出に、自らもその一翼を担う喜びが、
呼応してくれたすべての女性達を突き動かしたのは言うまでもない。
ものすごいパワーだった。
新しい時代がやってきた。
夢にまで見た、
日本中の、いや世界中の、やる気の結集だったのだ。
我々が始めたこのベンチャービジネスが起動に乗った頃、
登録された在宅勤務者(SOHO)は300余名にものぼり、
その職種、得意技の数は30種にまでのぼった。
プログラム製作、ホームページ製作、データ入力、ワープロ作成、
コラム執筆、プレゼンテーション製作、デザイン製作、現地リポートなどなど、
ネットワークで納品できるあらゆる仕事が対象となった。
多くのメディアが、我々の取材にも訪れ始めた。
「埋もれた女性」に注目したのが時代のアンテナに触れたのだろう。
講演会にも呼ばれ、そこでまた熱く語れば、それがまた広告となった。
「新しい波」が次々と押し寄せてくる。
毎日が、楽しくて楽しくて仕方がなかった。
夢中で働いた。
そして私はついに、
あるコアとなるビジネスに辿りつくこととなった。
<次号に続く>