アホな会社の法律はたった一人のアホが作ってる
~法律を作らせた奴がアホなのか、法律を作った奴がアホなのか~
企業には、トップが強権発動した社内ルールが山のようにある。
だがそのルールは、たった一人のアホを押さえつけるために作られた、
その他大勢の人達がウンザリするルールなのである。
国や自治体が作る「法律」や「条例」は、
その発案から検討、施行に至るまで、
相当の歳月がかかるものだ。
昔にはなかったインターネット犯罪が頻発する現代、
それを取り締まる法制化もなかなか追いつかない。
「もう少し法律を作るプロセスを簡略化できないのかな…?」
と思わずにいられない。
だが法律作りには、
「機が熟す」というプロセスが必要なんだなと、
最近ようやく分かってきた。
つまり、
敢えて時間をかけねばならないのが、法律作りなのである。
法律が作られるためには、
その原因となる事件が起こるところからがスタートだ。
例えば、
「女というだけで雇ってくれなかった!」
という事件が起こる。
そして「それはおかしい!」という世論が巻き起こり、
「そりゃもっともだ!」という機運が盛り上がり、
そうしてやっと「男女雇用機会均等法」が施行されるわけだ。
スタートから50年かかってる。
つまりこの「男女雇用機会均等法」という法律は、
あまたの女性が、長い長い歴史の中で、
あまたの憂き目に遭ってきたからこそ、
最後の最後、法制化という結実を迎えることができるのだ。
法制化には「総意」が必要だと分かる。
「うん。これは法制化するしか手はないね」
と、大多数の国民の「納得」が必要なのである。
では、総意もクソもない「村社会」に住む
集団の例をご紹介しよう。
最近、次々と不祥事が明るみに出る相撲界。
この、昔ながらの「村の掟」が幅を利かせる角界に、
驚くべきルールがある。
相撲協会は、力士の運転を禁じている。
力士と言えども、関取ともなれば立派な社会人。
18歳を超えれば、
運転免許を持っていても何ら不思議ではない。
いっぱしの大人だ。
安全運転の義務はもとより、
仮に事故を起こしたら
それは自己責任であるのは当然の話だ。
だが、相撲協会は力士の運転を禁止している。
過去に、死亡事故を起こした力士がいたからだ。
そしてそれが三役クラスの力士だったからである。
看板力士が人を轢いた!
これに相撲協会は慌てた。
そして相撲協会は、
全ての力士に「運転禁止」を通達することになる。
たった一人の不届き者の、たった一度の過ちで、
今後の起こり得る全ての
過ちの芽を摘み取ろうと考えるこの協会は、
村の長老だけで「村の掟」を決めてしまうのだ。
何とも稚拙極まりない。
角界に、覚せい剤事件や、八百長事件など、
あまりにも幼稚な事件が次々と噴出する理由は、
この因循姑息な体質があるからだろう。
企業の悪例も紹介しよう。
カラ出張をして、宿泊先のニセ領収書を作った奴がいたそうだ。
会社は、その再発を防ぐため、
経理に回ってきた出張精算の領収書にあるホテルすべてに、
「ウチの社員は本当に泊まりましたか?」
という電話をするようになった会社がある。
まったくバカバカしい。
国と違い、専制、独裁、上意下達の民間企業では、
会社の中だけで使うルールは、
極端な話、
社長の「ひと声」で決まってしまうことがいくらでもある。
「やれ」と言われりゃ今日から実施だ。
これが、一人のアホを取り押さえるために作られる、
その他全員が犠牲者となる「愚法」誕生の瞬間である。
法律とは、原因となる事件を起こした、
たった一人の不届き者が作っていると思われがちだが
そうではない。
たった一度や二度の過ちを穿ち見て、
「こりゃ全員がやりかねん」と、
即刻ルールを作ってしまう奴こそが
ホントの不届き者なのである。
日本の法制化は欧米に比べると確かに遅い。
だが、日本には日本の文化がある。
皆が納得さえすれば、
日本人は、その法に従う「遵法率」の高さでは
世界の群を抜いている。
つまり、
「機が熟して出来上がった法律」こそがホンモノなのである。
原因を作った一人の不届き者がアホなのか?
いやいや、
それを全員に当てはめて
取り締まろうとする一人の経営者がアホなのか?
答えは歴然だ。
法律は、一人で一夜で作ってはならないようだ。