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2010年7月号

vol. 040

棚ぼたは抗争の渦外に落ちてくる-という法則

~抗争に加担してはならない。渦外にいさえすれば何かが落ちてくる~

思わず転がり込んで来る「幸い」というのがある。
「棚ぼた」だ。
これは、抗争のすぐそばで待ち受けるのが最も良い方法だ。

「ウチは3社から相見積を取らないといけないんです」と、
「アテ馬」の指名を受けた。
よくある話だ。
「いいですよ」と軽く引き受け、見積りを提出した。

ガチンコ勝負は他の2社で、
我が社は「頭数を揃えるための1社」に過ぎない。

ところが、見積りの数日後、突然、電話がかかってきた。
「あのぉー。りんくるさんにお願いします」と。
「は?」

よくよく事情を聞けば、
1番手と2番手の2社は、血で血を争うバトルを繰り広げ、
お客様としては、
そのどちらを指名しても、遺恨が残る始末となったのだ。
そこで、何の遺恨も残らぬ我が社が、
何のファイトもせずに「漁夫の利」を得た訳だ。
よくある話だ。

こんな「棚ぼた」を、
誰しも一度や二度、経験しているはずだ。

さてこの「棚ぼた」だが、
これが必然的に転がり込んで来るようにできないだろうか。

ただし「棚ぼた」はファイトしてはならないという条件がある。
ファイトしたら「棚ぼた」ではなくなるからだ。
これは難しい。
そしてようやく、ある法則を突き止めた。

「棚ぼたは、争い事の近くに落ちてくる」だった。
これは愉快だ。

抗争の近くに「棚ぼた」が落ちてくる一例をご紹介しよう。
総理総裁のポスト争いなどに、こういったケースが多い。

1972年、田中角栄は、
福田赳夫との自民党の総裁ポスト争奪戦に勝利し、
第64代総理大臣となった。

ところがロッキード事件で田中が失脚し、
さあ、福田の時代がやってきたか!と皆が思った時、
田中の後の首相の席に座ったのは、
こともあろうに、完全ノーマークの三木武夫だった。

当時、三木が総理になる確率など1%もなかっただろう。
ただ「ズルいことをしない」という評判があっただけだ。

時は「角福戦争」の真っ只中。
田中角栄は失脚したがスグに「院政」を敷き、
首班指名には、続々と田中派の秘蔵っ子が順番を待っていた。
三木武夫は、
ロッキード汚職にウンザリしていた国民感情をなだめる、
単なる「ワンポイントリリーフ」として、
突然、総理総裁に指名されたのだ。

首班指名の直後、三木自身が記者会見でこう叫んだ。
「青天の霹靂だ」と。
指名を受けた三木自身が一番ビックリしたのだろう。
これなど、
「角福戦争」の抗争が生んだ「棚ぼた」の典型だ。

こういった「棚ぼた」はまだまだ例を見る。
天下の松下電器産業(現パナソニック)の創業者-松下幸之助が、
第4代の社長の座に、
取締役序列8番目の「谷井昭雄氏」を指名したのも有名な話だ。

恐らく序列1番から7番の役員達は、
血で血を争う「後継者争い」を繰り広げていたのだろう。
そこで幸之助が指名したのは、
そのバトルの渦外にいた谷井氏だったのだ。

7人の役員達は「えー!」と叫び、
当の谷井氏も「えー!」と叫んだに違いない。
まさに人生は筋書きのないドラマなのだ。

このように「棚ぼた」は抗争の渦外に落ちてくる。

活気横溢な若い人には不向きな戦法かもしれない。
老気横秋っぽく、斜に構えたような戦法だが、
これがなかなか当たるのです。

あなたに2人の上司がいたとしよう。
そして、その2人は同時に「部長ポスト」を争っていたとしよう。
もしあなたがそのどちらかに付くのなら、
あなた自身も、その人の出世に引っ張られ、
課長のポストぐらいは得られるだろう。

だがもし、あなたが破格の出世をしたいなら、
そのどちらにも付かず、
ましてや自ら「出世」など狙おうともせず、
ただ黙々と、目の前にある仕事だけに打ち込み、
その抗争の渦外に、しかし抗争の近くに身を置いて欲しい。

そうすれば、2人の上司は勝手に転び、
あなた自身が、
一足飛びに「部長の座」を射止めるかもしれない。

とにかく、よくある話です。

抗争には顔を突っ込んではならない。
スッと傍に寄り、涼しい顔をしておけばいいのです。
「棚ぼた」はそこを目掛けて転がってくるのです。

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 社長 谷洋の独り言ブログ